人馬一体は車ありき?

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4月上旬にとあるテレビ番組をみました。番組の中で勝村政信さんと内山理名さんがアメリカの牧場に宿泊し、ソコで馬に乗っていたのですが、なんか良いなと思いながら見てました。二人はタイムトライアルみたいな事してたのですが、内山さんはひたすら練習、勝村さんは蹄を整えたりして、、、馬は爪を切って蹄を交換してやると速く走れるそうな。

見ていて「あぁこれなんだ」と、ある種の羨ましさを覚えました。なんて言うんでしょう、乗り手の意思が馬に伝わる事、馬がそれに応えてくれる事、乗り手が馬を理解してあげる事、乗り手が馬を労わってやる事・・・。そこにはどちらか一方の独りよがりな想いでは得る事の出来ない世界が有るのではないかと、そんな風に見えた訳です。そこには馬の力を借りなければ見れない世界、馬と意思を通わせる事によって得られる世界があるような、そんな印象を受けました。

そこに「車」を相棒とする自分に対し、ある種の寂しさを感じちゃったりもしましたが・・・

人馬一体はクルマだけでなく乗り手にもある程度のコトが必要

最後はちょっと余計でしたが、さて車を相棒とする我々。次期型ロドスタは人馬一体を謳っていますが、最近のニュース&それに対する批判を目にする度に思う。

「スペックorディメンションが大事ですか?」
「車の楽しさは、まずそれ用の車ありきですか?」
「あなたは・・・・・?」

車に対して使われる「人馬一体」、先述の通り次期型ロドスタのコピーの一つにもなっていますが、それって車だけの問題でしょうか? ロドスタ(初期NA~NB)とて所詮は量産車。それを求めようと考えれば他にもっと良い選択もある。だけどそれって「人馬一体」を求めてるの? その車だったら最高の一体感が得られるのですか? なんて思ったり。

「人馬一体」は、乗り手が相棒を理解してこそと思うのですが? 

どんな車でも、「理解しようとする姿勢」があれば、またそうした姿勢で接していれば「一体感」は得られるのではないのかな? っと考えております。相棒の事を言う前に、自分はどうなんだと。せっかく出会った相棒の事をもっともっと理解したいなと思っています。

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